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2008年6月24日 (火)

ジューン・ブライド?

ホッとしてようやくブログが書けるようになりました。

先日、娘の結婚式が無事済みました。

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やはり、プライバシーの関係で目にラインを入れています。

ごめんなさい。 何とか形ができましたがこれからが大変です。スタートラインにようやく立てたようです。

ダンナがバージンロードを娘と歩く姿は、どうもロボットみたいでくすくす笑いだしそうでした。

かなり緊張していたみたいです。むこさんのお父さんは、異様にテンションが上がり感激していました。きっと父としての感激があふれていたのでしょう。

母親たちは、意外と冷静です。きちっと仕切っていました。

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「祝い鶴」は、ブログでお世話になっているぶんぶんさんから教えていただきました。

新郎新婦の前に並べて手作り感を出してみました?

6月の花嫁は、幸せになるという「ジューン・ブライド」に是非あやかってもらいたいと願っています。

親の肩の荷が少し下りました。(ホッォ~)lovely

2008年6月21日 (土)

両親と介護問題

だいぶ前から「両親」の世話を交代で行くことになっていた。

先週の月曜日から実家の姉夫婦がアメリカに行くことになっていたので我々妹3人が交代することになった。父は85歳・母は88歳という後期高齢者の二人である。

姉夫婦は、今回息子の大学院(MBA)卒業式に出席兼ニューヨーク・シカゴの観光ということ16日に出発した。出発日と帰国日を除いた6日間を2日づつ3人で交代することになった。

私は、お店や22日(日)の娘の結婚式のことなど目が回りそうに忙しかったがスケジュールを作り、その日にやるべくことを書き出し冷蔵庫前に張り出した。ダンナのスケジュールもあわせて書いておいた。息子に協力してもらい義母のお昼の食事は、お弁当になったり、スーパーの惣菜にも助けられ乗り切った。

ようやく今朝4女の妹と交代し実家から戻る。(2回の泊まり)

この年で両親が健在ということは、本当に有難いことだ。しかし年寄りの世話は、かなり自分の時間をうまく調整して聞き役に回らなくてはいけない。

そして実の親子というのは、遠慮がないからよくぶつかるらしい。姉たちの大変さもよく分る。私は義母と30年間結婚生活と同じ時間一緒にいる。ある程度距離を保ちつつ、持ちつ持たれつの関係が続いている。

年を取るということは自分がその年齢にならないと分らない。だから彼らの心境が分ることはないが寄り添うことぐらいできそうだ。

幸い介護といいつつ食事や身の回りの世話ぐらいで済む。認知症になってしまうと介護者は、「ゆがんだ魚眼レンズ」でものと見るような生活を続けなければならない。

母は、足腰が弱りようやく歩けるぐらいでトイレの補助が必要になっている。父はとても健康で車を運転して出かけるぐらいだ。でも娘たちに精神的には依存しているかも。自宅で姉夫婦の世話になりながら生活しているのだから少なからず幸せなのだろう!最も幸せと思う・感じる心を持ち合わせていなくてならない。

国民生活白書によると「3世代同居世帯」「ファミリー世帯」「二人世帯」「独居老人世帯」「母子・父子世帯」数値変化でここ十数年の間に一番増えているのが「高齢老人世帯」と「独居老人一人世帯」らしい。やはり3世代同居は、減少ぎみである。

介護問題は、家族間での介護に限界があり社会みんなで支えあう仕組みを作ったのだが経済格差が広がり子ども世帯、特に娘や長男の嫁などが支えていることが多い。

介護施設やデーケアセンターなど町のあちこちにできよくサービスカーを見かける。

直面する両親そして義母の介護問題に私たちは先輩たちの経験に学ぶしかない。

そして何より自分自身が心身ともに健康であらねばならない。

父親の話相手の時間は、約1時間近く朝晩続いた。父の経験してきた人生・若い頃の戦争の話・友人たち・仕事の話に耳を傾ける。

子どもだった頃には、ただ口うるさい父に辟易することもあった。

息子をもてなかった父には、話の出来る相手が欲しかったのかもしれない。

限られた時間を娘たちと過ごす両親にとって今回の交代介護?は、いい思い出になったかもしれない。私たち娘にとっても多少の親孝行らしきことができたのかもしれない。

姉夫婦にとっても少し気分転換になったことだろう。

2008年6月12日 (木)

鍵にご用心!

i先日のことです。娘からTELがあり不動産屋の連絡先が知りたいとか。

「どうしたの」「アパートの鍵を落としたの」

「どこへ」「歩道の脇の側溝の鉄板の隙間に落としたの」

そんなこんなで不動産屋さんに行き、大家さんに連絡してもらったらしい。

予備のキーがなく不動産屋さんが「鍵100当番」?かな、そんな鍵開け専門業者を紹介してくれたとか。

でも結局30分たっても開かない。最近のキーは、防犯のため頑丈にできていて業者でも開けられないんだそうだ。

しかたないので娘は、むこさんが帰って来るまで「マンガ喫茶」で時間をつぶしたとか。

次の日はお休みだったので我が家にやってきた。

「お母さん、鍵の交換に3万ぐらいかかるんだって!」

「確かに若いあなた達には、相当な散財だわね」「ねぇ!お母さんどうしよう!」

「ちょっと待て!お母さんが何とかしよう!」

まず現場を見に行こう。娘を送っていきながら鍵を落とした場所に行く。鉄板は、思いのほか大きいし、隙間からヘドロが見える。

そこからホームセンターに行き、「バール」と「ゴム手袋」を買ってきた。バールは、75cmぐらいの大きなものにする。レジの人に怪しまれるかも?

さて、現場にUターンして鉄板の隙間にバールを挿みテコの原理を使い重い板を動かす。

一回目は、失敗。グーとも動かない。

駅のそばなので通勤客がみんな家路に急いでいる。ぞろぞろ改札口から降りてきた。

「このオバさん何やってんだぁ~。あ~ぁ、何か落としたのかぁ~」

「ちょっとかっこ悪い」懐中電灯は、うまい具合に犬の散歩に使うものを持ってきた。

娘が恥ずかしそうに懐中電灯を照らす。3回目にようやく少し鉄板が動いた。

あとは、何とかなる。引きずりながら鉄板を開ける。さて、でも意外に深い。

膝をついて手をのばしても届かない。

娘は「もういいよ」と諦めかけている。「それに昨日の雨で増水して流されているかも」

「ちょっと待っていて!」と私は、バケツを探しに駅周辺を歩く。8時過ぎは、どこもシャッターが下りている。居酒屋とかパチンコ屋にコンビニぐらいしか開いていない。

ぐるっと回って戻ってくるとお店の裏に業務用の空き缶が外に出ていた。

「すいません、誰もいないので勝手にお借りします。必ずお返ししますから」とつぶやいて借りてきた。

いざ!今度こそバケツでヘドロをスクッタ。泥水とヘドロを線路脇の雑草の生えている路地に少しづつこぼしていく。

すると赤い鍵が泥の中から出てきた。

「あったゾー」

バケツを返してついでに近くの水道で手と鍵を洗い、車に戻った。

「○○ちゃん、これで3万円が浮いたでしょ!よかったね。」

娘は、感謝より通行人にじろじろ見られたことのほうがずっと恥ずかしかったようだ。

「諦めないこと。とにかくやるだけやってそれでだめなら次を考える」

と娘に説教したオバさんでした。

「やっぱ~お母さんには負けるわ~」娘の感想でした。

2008年6月 7日 (土)

本屋のオバさん、只今休業中!

このところ更新も出来ず忙しい日々が続いている。

今朝は、6時に起きてダンナと駐車場に行き除草剤をまいてきた。自然環境破壊?この除草剤できれば撒きたくないのだが商売なのでしかたない。

区画線引きとナンバーを業者に依頼したのが2週間前だったがあいにく土・日は、天気が悪く長引きようやく終わった。業者が草取りしてくれたが除草剤は、自分たちで撒くことになった。

そんなわけで朝からゴルフ場のキャデーさんがかぶるような帽子と腕・なんとかをして完全武装で撒いた。

犬のアキの散歩を兼ねて行ったのでアキは、フェンスの柵にしばっておく。駅に向かう人たちが頭をなでていく。隣の駐輪場は、土曜日なのでいつもより空いている。

次は、雑草が大きくなった畑(以前住んでいた人が退去したので更地にしたのはいいのだが草が・・・???)の草取りです。ダンナと一緒に鎌で草取り。あっという間に汗がタラタラもう勘弁してよ!といいたい。

本屋のオバさんの実家は、農家なのだがめったにこんなハードな仕事したことない。

実は、シルバーセンターに草取りを依頼してあったのだが忙しくて1ヶ月以上かかるとか?雨が多いからもっと遅くなるかも?とか

ということで早起きをして草取りとなったしだいだ。ダイエットにはいいかもしれないがもういい!!って叫んでしまいそう。

ダンナもペットボトルの水を飲みまくり9時までに修了した。

その後シャワーを浴びてお店の仕事に入る。私は、午前中義母の部屋の掃除と布団を干してカバーやシーツの交換した。

ホームヘルパーさんになっていた。我ながらよく働くわ~と自分を褒めて(慰めて?)いた。

これからも更新遅れますが本屋のオバさん、がんばります。(無理しない程度に)

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