無料ブログはココログ

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月23日 (水)

ハリ・ポタ「最終巻」発売

発刊から10年目にして本日『ハリー・ポッター秘密の秘宝上・下』¥3990(税込み)が発売になりました。マスコミでもだいだい的に宣伝していましたね。

当店にも昨日入荷して本日(23日)午前5時以降販売という規約つきのハリ・ポタが店頭に並んでいます。

予約数は、前回、前々回に比べ落ちています。コンビニも大型店もそれぞれプレミアをつけたり、企画段階でお客さまが選択されてしまうような有様でした。当店では、手書きのPOPを描いて店内に表示したり、外商の折に袋に入れて予約獲得に力を入れました。

ダンボールを開けて最初に「予約客分」をセットし、次に店頭だしをします。外商のお客さまの分を事務所に回してハイ!本日 OPEN!です。

今日も頑張りましょう!

予約された高校生のお嬢さんが制服姿で来店され、ニコニコしながら夏休みに読む本ができてうれしいと言っていました。

午後から「図書館」に検品に行くとダンボールの箱には新刊がいっぱいです。

開けてみると「ハリポタ」が4セットも入っていました。

図書館が予約で発注してあった本ですが早速出すとか???

当店にも新刊として並べてあります。公共図書館は、もしかしたら「敵」かも?と思ってしまいました。

主任さんとは、子どもが保育園時代から顔見知りなので世間話で「ハリポタ」の予約状況を聞く。

「確か200人ぐらい予約あったかしら。」「でも今日明日じゅうに500人ぐらいになるよ」

ネットで予約するからどんどん増えてしまうらしいです。

「そんなに予約あるならうちの店で買ってくれたらいいのに」と言った。

「でも高いし、本があふれて邪魔になるからこの頃借りる人が多いのよ」

「だから本屋の売り上げが落ちるんだね」と話をしていた。downwardrightgawk

最も「雑誌」は、各図書館さんに納品させていただいているので文句も言えないですが・・・。

さて、内容ですが「ハリーが魔法学校卒業?」とか間違えたらごめんなさい。

私、まだ読んでないもんで。

子どもたちにとって『ハリー・ポッターと死の秘宝』が夏休みの楽しい思い出にとなりますように

では、今日もせっせと「ハリポタ」販売頑張りま~す。coldsweats01

2008年7月20日 (日)

ベトナムの女の子

暑いですね。エアコンの生活から抜け出せなくなりそうです。

さてひと月ぶりに「おはなし会」を開催した。夏休みに入ったので子どもたちもいっぱい来てくれるか?と思ったが残念ながらいつもの近所に住む子どもたちばかりだった。

午後1時過ぎからAちゃんがやってきた。彼女は、小学校1年生。3月まで保育園に行っていたので毎回きてくれたが小学校に入ったので遠慮して来なかった。

弟のKちゃんといつも二人で来てくれた。

「Kちゃんどうしたの?」「あの~熱が上がって次の日に今度は、熱が下がってまた上がったの」というのが彼女の説明だ。

「お母さんと姉のところに行っています」、時折「姉」という言葉を使う。小学生にしては、大人びた言葉使いした子だ。

おはなし会の準備も終わり2時まで二人で雑談をしていた。

「私の家は、6人家族なの」「おとうさんもお母さんもベトナム人なの」

「でも姉二人は、結婚したの」「二番目の姉は、4月に赤ちゃん産んだの」

「私とKちゃんは、日本で生まれたの」

「私は5番目よ」「一番上の姉と二番目の姉は、今一緒に住んでないから」

「3番目の姉は、高校生なんだけどこの間まで家出してたの」「彼氏ができてお家に帰ってこなくなったの」

「4番目は小学4年生の姉」「私は、五番目なの

Kちゃんが6番目で初めての男の子なの」延々と彼女の家族関係を説明する。

お母さんが2番目のお姉さんのところに行ってしまい小学生二人は、本屋さんでお留守番のようだ。

彼女の話は、続く。

「お母さんが上の姉二人をベトナムで産んで、3番目と4番目の姉は、香港で産んで私とKちゃんは、日本で生まれたの」

「お母さんもお父さんも日本に来たとき全然日本語話せなかったの」「私の苗字は、お母さんのほうだけど弟は、お父さんの苗字なの」

彼女はしきりにベトナム発音で説明してくれたがちと分らない。

「お母さんとお父さんは、昔戦争で大変だったの」

「ベトナムに春に3ヶ月行っていたけどやはり日本のほうがきれいでいいよ」

「従兄弟や親戚がいるけどあんまり行きたくないよ」

彼女は、沖縄の女の子のように肌の色が多少地黒だがほとんど日本人と同じだ。

ただ髪が長く三つあみにして可愛い髪飾りをいつもつけてくる。

彼女は、日本に生まれ育ち、いろんなことに興味をもっている。

とても本が大好きでいつもにこにこしながら聞いてくれる。

2001年生まれのAちゃん、「日本語で歩くと書くの」という。「歩」ちゃんついこの間生まれたばかりの歩ちゃんに幸あれと願わずにいられない。

また、8月の「おはなし会」にきてね。待っているからね。

2008年7月11日 (金)

押入れのぼうけん

子どもが小さいころ『おしいれのぼうけん』という絵本を何度も読んであげた。

実は、昨日一日中捜しものをしていた。お客さんから連絡を受けていた書類を捜して押入れの中にもぐってダンボール箱や紙袋の中などごちゃごちゃしたものを取り出す。

TVでよくやっている「収納の裏ワザ」とか利用すればもっときれいになっているのだろうが。ほとんど紙袋やダンボールに押し込んでしまっている。

超重要なものは、耐火保管庫にいれている。

捜し物は、20数年前の「倉庫の建築確認書」と「某マンションの図面」である。

私は、捨てるものと処分するものを分けて処理している。ダンナは、ためるタイプだ。

人生余分なものを取っておくと後の人が捨てるのに大変だから出来るだけ処分して!ってダンナに言っている。

今回、捜しものをしていると超レアの代物がたくさんでてきた。

ダンナのアルバム

☆ 昔クイズ番組で優勝してヨーロッパ旅行に招待されたときのもの。ダンナ23歳まだ髪が ふさふさでVANジャケットスタイル(?)だ。若い?

☆ 26年前の○○雑誌  私の若かりしころが載っている。クラスのお父さんがカメラマンでよく写真をとってくれた。遠足の時もついてきて撮ってくれた写真を雑誌に載せるからという了解のTELがあったことを記憶している。現在は、廃刊になってしまいありませんが。

☆ 子どものアルバム  8冊 息子のなんと可愛い(?)こと。今はおっさんになりつつある息子にもこんな時代があったのだ。娘の5年間の保育園時代の写真。どれもこれもいい思い出ばかり。

☆ 私の学生時代のアルバム  私って無駄に元気だったんだと改めて思った。

都会の空気にも負けず「地方色」を出していた。20代前半にタイムスリップしたい?かどうか分らないが今は今でそれなりにいい人生になっているのかも(慰めかも?)

とにかく捨てられないものの一つに「写真」ある。子どもが大きくなるとほとんど写真を整理してなくて袋に入ったものが多い。

最近は、デジカメに入ってままにプリントアウトしたことがない。CD-Rに落として渡すことある。撮るだけで安心してしまうのかもしれない。

そんなこんなの押入れの冒険は、家族の20数年前、夫婦の独身時代へのタイムスリップの旅に終わってしまった。

ところで肝心の捜し物は、残念ながら見つからなかった。どこかにコピーがあるかもしれないが・・・・。トホホ・・・。

2008年7月 6日 (日)

サマータイム!

先月の娘の結婚式以来、雑多な仕事を抱えていた。

本屋のオバさんとしては、6月末に地元中学校の生徒たちの「職場体験学習」が3日間あった。ほとんど事務仕事ができない。

3日目には、のどの調子が怪しくなり若い中学生についていくのが大変だった。もう一人のスタッフと交代で4人の生徒をみる。彼らのエネルギーが欲しいオバさんだ。

そして6月から7月はじめにかけて取引先の学校関係の請求書作りが始まった。

毎月請求するお店もあるが学期単位になる学校さんは、時期が集中するので大変だ。

そして先日、みんなの都合が合わず延び延びになっていた母の「米寿の祝い」をした。4姉妹で計画してだんなさんたちに孫・ひ孫など17名が揃った。甥、姪たちも出席してにぎやかな一日だった。足が悪い母に合わせて実家の和室を会場にした。

一番の人気者は、ひ孫にあたるリナちゃん・リクちゃんだ。赤ちゃんの笑顔にみんなが癒されていた。

我が家の息子も出席の予定が前日の夜からぎっくり腰になり動けなくなりドタキャンしてしまった。父は、孫の息子に会いたがっていたが仕方ない。

それにしてもドジなセガレである。彼の人生いつもこんな感じだ。

当日のケーキ              仕出しの食事

 P7050231  P7050240

ケーキが少しへこんでいるのは、多分ダンナが車に乗せてもってきたから?

88歳の母は、久しぶりに美容院に行って髪にパ~マをあてたらしい。

父は、朝からそわそわうれしいやらいつもの何でも自分でやらなくては気がすまない性格がでていた。私は、義兄や姉と実家の会場準備をしてみんなが来てくれるを待った。

招待状作りや当日の進行表・会費制にして予算作りをしてそれぞれが分担して準備した。

ただ4姉妹全員「O型性格」なので予定表を作っても怪しい。時間に来てくれるか?心配だった。そして両親もO型ときているから大雑把な○○家に間違いない。

主賓の母に代わり父が思い出話を始めた。

「4人も子どもがいたので服は、お下がりだった」

「でも末娘は、古くなってしまいいつ新しい服を買ってもらったらしい」

4女に聞いたら「覚えてないよ」と言った。子育て中は、大変だったらしい。

子ども時代長女は、「ご飯作り」電気釜じゃなく古いお釜でたくやつ。

次女の私は「お風呂当番」薪でわかすやつ。例の五右衛門風呂だと思う。

3女は、「廊下掃除」。4女は「雨戸閉め」これが我が家の夕方の仕事だった。

子どもたちも家族の一員としてしっかり働いていた。最も昭和30年~40年代の話ですから。(レトロ~って感じですかね)

最後に両親の写真をUP

P7050244

二人とも健康で長生きしてくださいね。

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28