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2008年11月26日 (水)

せっちゃんへのてがみ

せっちゃん、こんにちわ。

木枯らしのふくころになるとあなたのことを思い出します。

あなたと始めて会ったのは、真新しい制服を着た街のマンモス中学校と言われた

1年3組の教室でしたね。田舎の小学校から出てきて誰も知り合いのいない中学校で隣の席になって声をかけてくれましたね。

あれから私たちは中学3年間毎日一緒に帰ったり、映画を観に行ったり、一緒に図書館で勉強したり、お互いの家に泊まりにいったり・・・・・。

あっ!林間学校にも一緒に行きましたね。時折姉妹喧嘩みたいに口を聞かない日がありましたね。

そして高校は、別々の学校へでも土曜日に駅で待ち合わせして遊んでいましたね。

高校1年の夏休みせっちゃんが入院したと聞いて毎週お見舞いに行きましたね。

初めての文化祭も私が入っていたマンドリンクラブの演奏会にも来られませんでしたね。

私は、高校生活が忙しくなりお見舞いの回数が減りなかなか会えなくなりました。

ようやく冬休みになり会いに行くとせっちゃんは、早く良くなって高校へ戻りたいって言ってましたね。

1月の寒い朝、高校のHRが始まる前にせっちゃんとも仲良しだった近所のNちゃんがあなたが亡くなったことを廊下で話してくれました。

なぜ???私は、せっちゃんの病気がそんなに悪いと知らなかったのです。

後でお母さんから「卵巣がん」だったと聞きました。入院した時に余命半年と言われていたのでしたね。

せっちゃんには、言えないよね。絶対に・・・・。

冬休みにクリスマスプレゼントとして私が編んだちょっといびつなミトンの手袋をプレゼントしたね。

せっちゃんは、手先が器用で編み物も上手で字もとってもきれいだったね。

いつも書初め展で入選してたね。でも少しも得意面をしない人でしたね。

あれから40年以上が過ぎ、せっちゃんのことを思い出すことが少なくなってしまいました。

私は、その後学生生活を送り、社会人になり結婚し、幸い子どもにも恵まれ順風満帆でなかったけどそれなりに忙しく精一杯生きてきました。

数年前にせっちゃんの実家に行ってきました。お母さん相変わらず元気でしたよ。

「○○さんは、丈夫でいいねぇ」丈夫だけが取り得なんです・・・・。

気丈なお母さんももう80歳を過ぎたでしょうか?

せっちゃんが紫の煙となって消えたあれから40年以上が過ぎ、私たちの人生も紅葉が似合う、そして真っ青な秋の空のようなおだやかな時間がやってきました。

まだあなたに会うには、少し時間がありそうですが・・・・・。

お母さんは、辛いからとアルバムからせっちゃんの写真を処分したといったけど私のアルバムには、いっぱいあなたがいます。

私の人生の一ページにせっちゃんがしっかり載っています。

でも中学時代のせっちゃんばかりです。その後のせっちゃんに会いたかった。

では・・・・・・・。またいつか手紙書きます。

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コメント

若い頃にガンで亡くなられらのですね。
私も小学校の頃にお別れした友人がいます。彼女は白血病でした。何だかオバさんの文章を読んでいたら彼女を思い出してしまいました。
6年生だったので、元気だった彼女が急に亡くなったのかが理解できずにいたことを覚えています。
思い出す事が供養だといいますよね。
亡くなられたオバさんの友人もきっと、あちらの世界でみていますよ。オバさんの今の様子を。

「せっちゃん」の命日だったのでしょうか。
自分は年をとっているのに
記憶のなかのお友達はずっと少女のままなのですね。
大切なことを教えてくれた、大切なお友達だと思います。
40年たって、もしかしたらそろそろ生まれ変わってくるかもしれませんね。水天宮のどなたかのお腹の中ですやすや眠っていたかもなんて…ふとそんな気もしてしまいました。confident

セルラーさま

セルラーさんも小学校時代に友人を亡くされたのですか?
子どものころは、なぜ?ってよく分らないことありますね。
私は、高校生でしたので「人の命は、はかない・・・」ということを学びました。
急に夢に彼女が出てきたのでブログに書いてしまいました。

つぼみさま

思い出すことが故人にとってのいい供養とか・・・。でも忙しさですぐ忘れてしまいます。confident

中学時代の仲良し4人だったのですが彼女を除いて残り3人は、毎年マンドリン演奏会で出会います。それぞれ介護が終わりご両親を見送った方が多いです。
せっちゃんもどこかで生まれ代わってこの世に誕生してくれたらとてもうれしいです。
前にコメントにも書いたのですが夢に彼女がでてきたからでした。久しぶりに思い出しました。

若い子を亡くすことほど残酷なことはありません。わたしの母は、休みに東京から亡くなった弟の友達が帰省して、家に来てくれるのを喜んでいましたが、帰るのを送り出したとき、「みんなあんなに元気なのに、どうして哲ばかりいないんだろうねえと切ながりました。

あきのさま

おっしゃるとおりですね。
せっちゃんのおばさんが「お友達の顔をみるのはうれしいけど思い出すから家の人辛いだよ」って言ってました。
あきのさんの弟さんもお若くして亡くなられたのでしたね。

どこかのうちに生まれ変わって誕生しているのでしょうか?
そんな考え方したことなかったのですがそれもありなのでしょうか?

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