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2015年8月30日 (日)

♡孫たちとの夏休み♡  Vol.2

前回の2015年夏 vol1  を書いてからあっという間にもうすぐ9月です。

夏休みも終わり2学期が始まりますね。

ひと夏の思い出をこのブログに残しておきたいと思いささやかですが記録とします。

BGMは、秦もとひろさんの歌声がいいかもしれません。♪「ひまわりのやくそく」♪

ということで8月中旬に娘夫婦と孫3人、我々夫婦と総計7人で岩手へ行ってきました。

1日目

大宮から一路新幹線で盛岡へ

盛岡駅到着です。ここからは、レンタカーで県内をめぐります。

Cimg1415

では、孫たちの大好きな動物たちがいる「小岩井農場」

Cimg1427 あまりにも暑すぎて動物さんたちは、いません。気温32.0でした。

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孫①は、パパさんと一緒にスタンプラリーに挑戦していました。

ジジババは、日差しをさけて孫③の子守りに徹しています。

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岩手山を眺めつつそろそろ次に行きましょう!かわいいオムライスは、孫が頼んだ昼食です。とにかく子供たちのペースで旅は、進んでいきます。子守り・兼・運転手・兼・たびゲーター・ですから。旅の行程表は、夫が作っていますから。。。

さて、疲れてきましたので今日泊る宿ー花巻温泉「愛隣館」へー

Cimg1438 Cimg1444 孫たちは、花火をしたり

マジックショーのイベントを楽しんだり興奮状態でした。。

とにかく仕事の都合で1泊2日の旅なので先を急ぎます。

2日目

運転手交代してさて2日目は、遠野方面と宮沢賢治記念館など子供たちが楽しめそうなところへ行くことになりました。

Cimg1453 『銀河鉄道の夜』に出てきそうなめがね橋(JR釜石線)

遠野を流れる宮守川にかかる幻想的な橋梁です。ライトアップもあるそうですね。

とりあえず遠野の町へ先に行きましょうか?「遠野ふるさと村」で昔話体験なんて思っていたのですが時間の都合で遠野市立博物館だけにしました。娘夫婦は、もっと遠野をみたいとか。。。。遠野物語の世界をじっくり味わうには、残念でした。もう一度来たい場所になりました。

Cimg1464 Cimg1468しかし、 カッパ淵ははずせませんね。カッパってどんなの?

孫①が聞きます。かえるさんみたいな形で子供ぐらい背の高さで頭の上にお皿がのっているんだよ!へぇ~!!この川に住んでいたらしいよ!いつ出てくるの?う~ん。分からないけど昔住んでいたんだって!

Cimg1477

遠野の街並み 伊藤家で昼食を取り向かいの景色がすてきなので写真を1枚!

遠野物語の舘で柳田國男の世界を楽しみました。孫たちでも十分楽しめました。

さわると影絵や音声がでてくるので昔話の体験ができるようになっていました。

Cimg1484 孫③は、厭きてしまい影にもぐり込んでしました。

さて、新幹線の時間とレンタカーを返す時間の関係で急いで

「宮沢賢治童話村」へ向かいました。

「賢治の学校」や「賢治の教室」などメルヘンな童話の世界を楽しめます。もっとイーハートーブ館や山猫軒にも足を伸ばしたいのは、やまやまですが次回にします。

Cimg1487 Cimg1490 Cimg1495

では、もうすぐ9月になろうとしている中、無事UPできたので少しほっとしています。

孫たちは、その後婿さんの仕事の都合で8月いっぱい我が家で預かりました。9月20日過ぎまで母子家庭になるので子育てのフォローをしています。

パパさんが頑張っているのだからいい子にしていようね!と言ったって聞くわけないか?家じゅう孫たちに占領されおもちゃが散乱していたり姉妹げんかをして大泣きする孫たち!にぎやかな日々は、ようやく終りマンションに戻りました。

幼稚園が始まります。孤軍奮闘する娘へエールを送ります。

最後に小麦粘土で孫①(年長)がアイスクリームを作ってくれました。

このところの天気は、涼しいのでいまいちですが。。。。。

皆様お身体おだいじに

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2015年8月16日 (日)

終戦記念日から~。。。。。

戦後70年というワードがマスコミ始め、多くの紙面を飾りにぎやかな日々ですが、雑誌や書籍というものを販売する立場の人間としてこのブログに記しておきたいと思いました。(それほどのものでありません。私のたわ言です)

旧盆明けの日曜日、商店街は相変わらず歩道を歩いている人も少なく小さな田舎町の書店を朝から開けています。

他のスタッフは、夏季休暇で夫と私のみで働いています。

さて、昨夜のTVの中で8月15日がどんな日か知らないという若者が多いことに驚きました。終戦から70年いう節目と今話題になっている「安全保障関連法案」に私たちは、何を考えどう行動したらよいのか?

こんなことをブログに書くことは、どうなのか?と思うことがあります。(お店では、政治的なことや宗教的な問題に意見を述べたり行動しないという暗黙のルールがある?かも)

私と夫は、それぞれ父親が先の戦争から帰還したのちに生まれた団塊世代と言われる年齢です。最も私は、夫より年下ですから正確には、団塊世代に入らないとか?

実父は、ミャンマーやベトナム方面行っていたらしい!義父(故人)は、インパール作戦があった場所手前まで車で物資を輸送していたそうです。戦争中の話しは、時折実父から聞きましたが実感がわかないから聞き流していたようです。

二人の父親たちは、50代になってそれぞれ旅行でベトナムやミャンマー、カンボジア方面に行ったとか?多くの仲間が犠牲になり帰ってこられたのが不思議だそうです。

義父は、義母と婚約して召集され帰ってきて養子に来たとか?実父も戦後(志願兵だったので兵隊さんとしての仕事がなくなる)実母(故人)と結婚しました。実父も養子として婿入りしました。

理由は、ともに次男だったことと実母は、兄(伯父)が戦死したので母が跡取りとして家を守っていかなければならなかったのだそうです。

そしてそれぞれの子供たちが出会い、脈々とつながっています。

大きくなって伯父の話しを初めて聞きました。伯父は、赤紙がきたの急いで式を上げ新婚数カ月で妻をおいて戦地に派遣されニューギニアで飢えか病気で亡くなったそうです。奥さんとは、大恋愛だったそうです。

婚家で夫の帰りを待つも「石ころの入った骨壷」が還ってきたそうです。

おばあちゃんとおじいちゃんは、お嫁さんのこれからを思い実家に帰し新しい嫁ぎ先に行かれたそうです。伯父にもその奥さんと言われる人にも写真だけの出会いでした。

のちにそのお嫁さんが嫁ぎ先からこっそり伯父の墓参りにきていたことが分かったそうです。

私のおばあちゃんは、一度も戦争の話しをしませんでした。息子が戦地で亡くなったことも。なぜ話さないのか?と聞いたらうちだけでなく村中でどこの家でも戦争で亡くなっていたからだとか。。。。。

東京大空襲があった3月10日は、田んぼの先から南の方で真っ赤な空が広がっていて怖い思いしたことを話してくれたのがおばあちゃんの最後の話だったように思い出されます。

義母も実母もそれぞれ適齢期になっていたが男性は、みんな戦地に行き女性ばかりだったとか?実家の竹やぶには、防空豪があり空にB29が飛んでくるとそこに入ったとか?

私が嫁いできたこのお店にも物置小屋の脇に「防空壕」があったそうです。今は倉庫が建っているので分かりませんが。。。。

それこそ市井の人たちの戦時中は、もっと残酷なことばかりだったと思います。辛い思いをした人々が多くいたこともだんだん語り継がれていけません。戦争体験者が年を取り生きている人たちが少なくなっているからですね。

体験していない聞きがたりのみの私の記憶ですがこれから生きる若い皆さんに平和が続きますように!

昔のように「戦争反対」と言うと村八分になるような国にしたくないです。

よくアベちゃん?は、「国民のみなさんが・・・・・・」という言葉を使うが「国があっての国民」でなく民の集りから国が成り立っているのだということが大切だと思います。

私がこれまで出逢った数少ない人に中国から留学生たちや韓国出身の大学教授のかたなど一人ひとりは、とてもさわやかでユニークでお国柄もあるけれど面白い人たちでした。

外交問題は、難しいかもしれませんが市民レベルでの交流では、意外とうまくいっているかも?

還暦過ぎのオバさん否(おばあさん)の私の残り時間は、限られてきています。

どうか孫たちがすこやかに育つような日本であってほしいです。

ゴミのように死体を扱ったり、死体をまたいで生き延びようと黙々とさまよう幼子のトラウマは、たとえ時間が経っても心のどこかで消えることなく今も続いていることを改めて感じました。

「戦争は、人殺し」という言葉が胸にしみました。

※ 戦前、当店は、「赤紙」を印刷していたそうです。活版印刷の活字が今も残っています・

※  ここに書きましたことは、私見です。それぞれいろんな考えがあります。いろんな考えがあっていいのです。

安保法制問題」にもわかりづらいことも多いと思います。学生時代にゼミで学んだことは、紙面をうのみにせず真実は何か?を我々は考え行動しなければならない!と教えてくれた恩師がいたことも記しておきたい。

2015年8月 4日 (火)

2015年夏の風景  Vol 1

このところの暑さでお店のお客様も入ってくるなり「暑いですね」というのが恒例になりました。

孫たちが幼稚園の夏季保育が終ってから時折やってきます。暑いですから庭にプールを作り水遊びです。ひと遊びしてあきるとアイスを食べるなど一日中にぎやかです。

孫は、「来てよし帰ってよし!」と先人の言うとおりですね。

~☆その後の金魚☆~

先月、孫たちが神社のお祭りで金魚すくいをしてきておまけに貰ってきた金魚たちです。2匹は、仲良く元気に生きています。

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最も彼女たちのマンションに持っていくことなく我が家に居座っています。娘いわく面倒見切れないので。。。。。3匹のギャングたちに振り回されているので。

孫①が金魚に名前を付けて行きました。うみちゃんとそらくんです。

絵本のタイトルみたいな名前です。えさやりは、我が家に来た時だけあげています。普段のえさやりは、私の仕事になりました。

~☆小山・ひまわり・ブルーベリー畑・日帰り温泉☆~

暑い夏ですが先日ようやく夫と休みが一緒になり茨城~栃木方面に出かけてきました。孫たちの世話に明け暮れゆっくりできない日々だったので自分たちのペースで出かけました。

夏の風物詩  ~野木町のひまわりフェステバル~

会場を探すのに一苦労。どこにもそれらしい看板が見当たらない。ナビで探しても分かりずらいです。ようやく野木駅のスタッフに聞いて会場へたどり着きました。ひまわりが太陽に顔をむけて几帳面に並んでこちらを向いています。

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小山方面へ

昔の「小山ゆうえんち」は、すっかりなくなり今では、郊外型ショッピングセンターになっていました。メリーゴーランドだけが昔の面影を伝えていました。夏休みだけあって平日でも家族連れがたくさんきていました。お昼御飯を食べてからやおら「ブルーベリーファームごうの」へ向かいました。

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2015_008 カフェも併設されています。

入場料は、無料ですが摘み取りに合わせて量り売りになります。

孫は、意外にもブルーベリー

大好きだったので驚きでした。

最後は、「栃木温泉 湯楽の里」日帰り温泉に寄って汗を流しました。

さて、そろそろ帰りますか?東北道で一路岩槻インターへ

でも気になっていた東北道、羽生パーキングの「鬼平江戸処」を観て行こうということになりました。鬼平FANにとっては、興味ありますよね。

TVで見たより狭い感じでした。でもそばの味は、最高でした。からみだいこんとシャキシャキのそばの味がようやく美味しいと思える年になりました。

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岩槻インターを下りると我が家まであと少しです。

では、Vol  2は、東北地方 岩手県に家族旅行へ行く予定ですので

お気に召しませんでしょうが勝手にUPします。

暑い日が続きますので皆様お身体大切に

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