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2015年8月16日 (日)

終戦記念日から~。。。。。

戦後70年というワードがマスコミ始め、多くの紙面を飾りにぎやかな日々ですが、雑誌や書籍というものを販売する立場の人間としてこのブログに記しておきたいと思いました。(それほどのものでありません。私のたわ言です)

旧盆明けの日曜日、商店街は相変わらず歩道を歩いている人も少なく小さな田舎町の書店を朝から開けています。

他のスタッフは、夏季休暇で夫と私のみで働いています。

さて、昨夜のTVの中で8月15日がどんな日か知らないという若者が多いことに驚きました。終戦から70年いう節目と今話題になっている「安全保障関連法案」に私たちは、何を考えどう行動したらよいのか?

こんなことをブログに書くことは、どうなのか?と思うことがあります。(お店では、政治的なことや宗教的な問題に意見を述べたり行動しないという暗黙のルールがある?かも)

私と夫は、それぞれ父親が先の戦争から帰還したのちに生まれた団塊世代と言われる年齢です。最も私は、夫より年下ですから正確には、団塊世代に入らないとか?

実父は、ミャンマーやベトナム方面行っていたらしい!義父(故人)は、インパール作戦があった場所手前まで車で物資を輸送していたそうです。戦争中の話しは、時折実父から聞きましたが実感がわかないから聞き流していたようです。

二人の父親たちは、50代になってそれぞれ旅行でベトナムやミャンマー、カンボジア方面に行ったとか?多くの仲間が犠牲になり帰ってこられたのが不思議だそうです。

義父は、義母と婚約して召集され帰ってきて養子に来たとか?実父も戦後(志願兵だったので兵隊さんとしての仕事がなくなる)実母(故人)と結婚しました。実父も養子として婿入りしました。

理由は、ともに次男だったことと実母は、兄(伯父)が戦死したので母が跡取りとして家を守っていかなければならなかったのだそうです。

そしてそれぞれの子供たちが出会い、脈々とつながっています。

大きくなって伯父の話しを初めて聞きました。伯父は、赤紙がきたの急いで式を上げ新婚数カ月で妻をおいて戦地に派遣されニューギニアで飢えか病気で亡くなったそうです。奥さんとは、大恋愛だったそうです。

婚家で夫の帰りを待つも「石ころの入った骨壷」が還ってきたそうです。

おばあちゃんとおじいちゃんは、お嫁さんのこれからを思い実家に帰し新しい嫁ぎ先に行かれたそうです。伯父にもその奥さんと言われる人にも写真だけの出会いでした。

のちにそのお嫁さんが嫁ぎ先からこっそり伯父の墓参りにきていたことが分かったそうです。

私のおばあちゃんは、一度も戦争の話しをしませんでした。息子が戦地で亡くなったことも。なぜ話さないのか?と聞いたらうちだけでなく村中でどこの家でも戦争で亡くなっていたからだとか。。。。。

東京大空襲があった3月10日は、田んぼの先から南の方で真っ赤な空が広がっていて怖い思いしたことを話してくれたのがおばあちゃんの最後の話だったように思い出されます。

義母も実母もそれぞれ適齢期になっていたが男性は、みんな戦地に行き女性ばかりだったとか?実家の竹やぶには、防空豪があり空にB29が飛んでくるとそこに入ったとか?

私が嫁いできたこのお店にも物置小屋の脇に「防空壕」があったそうです。今は倉庫が建っているので分かりませんが。。。。

それこそ市井の人たちの戦時中は、もっと残酷なことばかりだったと思います。辛い思いをした人々が多くいたこともだんだん語り継がれていけません。戦争体験者が年を取り生きている人たちが少なくなっているからですね。

体験していない聞きがたりのみの私の記憶ですがこれから生きる若い皆さんに平和が続きますように!

昔のように「戦争反対」と言うと村八分になるような国にしたくないです。

よくアベちゃん?は、「国民のみなさんが・・・・・・」という言葉を使うが「国があっての国民」でなく民の集りから国が成り立っているのだということが大切だと思います。

私がこれまで出逢った数少ない人に中国から留学生たちや韓国出身の大学教授のかたなど一人ひとりは、とてもさわやかでユニークでお国柄もあるけれど面白い人たちでした。

外交問題は、難しいかもしれませんが市民レベルでの交流では、意外とうまくいっているかも?

還暦過ぎのオバさん否(おばあさん)の私の残り時間は、限られてきています。

どうか孫たちがすこやかに育つような日本であってほしいです。

ゴミのように死体を扱ったり、死体をまたいで生き延びようと黙々とさまよう幼子のトラウマは、たとえ時間が経っても心のどこかで消えることなく今も続いていることを改めて感じました。

「戦争は、人殺し」という言葉が胸にしみました。

※ 戦前、当店は、「赤紙」を印刷していたそうです。活版印刷の活字が今も残っています・

※  ここに書きましたことは、私見です。それぞれいろんな考えがあります。いろんな考えがあっていいのです。

安保法制問題」にもわかりづらいことも多いと思います。学生時代にゼミで学んだことは、紙面をうのみにせず真実は何か?を我々は考え行動しなければならない!と教えてくれた恩師がいたことも記しておきたい。

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コメント

ブログに政治の事を書く人は少なく戦争の事など書きませんね〜
私もそうですが楽しい平和な出来事を書きます。
Facebookでは難しい意見が目につきます。いいね、をして良いのか悪いのか、スルーしている自分にどうなの?と問いかけます。
 私も戦争は知りません父は中国へ出兵した、でもそこがどこなのかは聞かなかったし話さなかった。息子が仕事で中国に行っていた時「爺ちゃんは戦争はどこに行った?」と聞かれた。列車の車窓から眺める景色にじいちゃんの事を思ったと。
最近戦争の出来事を話しはじめたお年寄りが多くなりましたね、もう歳だから今話さなければと思うようになったそうです。嫌な事は話したくないよね〜
 どれだけの日本人がこれからの日本を心配しているのか?
この平和がずっとあると思っているよね、戦争で悲しい思いをしたのは負けた日本だけではなくかった国だって悲しい思いはした。
だから戦争はしてはいけないんです。みんな仲良く暮そうよ。
 戦いのゲームは作らないで!
孫達はゲームが大好き、優しい人になるゲームを作ってください。
 オバさん!時間が限られて来ている私達は何をしたらよいのでしょうか?

heartせせらぎさま

コメント有難うございました。戦後生まれの私たちは、親が戦争に行って帰って来たからこの世に誕生したのでしょうね。

戦後70年というのは、長いようですが肉親を亡くされた人たちにとって今でも苦痛になっているのでしょうか?

残り時間が限られてきた私たちは、どうしたらよいか?という問にどうお返事したらいいじょうか?多分、戦争は、どちらも傷つきますので家族も含め多くの人たちが巻き添えになりますね。

NO!という声をあげることだと思います。できる範囲でいいと思います。

では、また

70年談話で『私たち』という文言が繰り返し出てきました。
この私たちとは誰なんやろとぼんやり考えてしまいました。
父も終戦記念日、広島長崎原爆の日とTVを見ながら、もし戦争が長引いてたら帰ってこられたかなとつぶやいていました。
いろんな考えがあります。
ありますが、戦争は人殺しです。同感です。
私たち日本人は戦争はしない恒久平和の国民でいられますように。


すみません。
名前を書かずにコメントしてしまいました。
先ほどの書き込みはナカムラでした。

お久しぶりです。
この暑さもやっと峠を越したのでしょうか。

読ませていただきました。
70年たってやっと話せるようになった、というお話、あちこちで見聞きします。心の傷が癒えるのに(癒えてなくても)それだけ長い間傷跡が残るのですね。
戦争体験者が亡くなったから、それが引き継がれないということはないと思います。
なぜって、戦前戦中を体験された方々はいずれは誰もいなくなるのですもの。もし、引き継がれなかったら、それは私たちの想像力の欠如だと思います。

先日NY在住の高校時代の親友が遊びに来ました。宗教、政治は話題にしない方がいいと聞きますが(最近はそうでもないという人いて)つい、意見を訊いたら私と正反対でした。
反対意見はなおのこと聴かないといけないと思いましたが、平行線でした。
同じく平和を考えてもこれだけ違うのですから、やはり、急いで決定してはいけないと痛感しました。

つぼみさんから連絡ありました。細かいことはおいおい。楽しみに。

heartナカムラのおばちゃんさま

遅くなって申し訳ありません。ようやく一息つけるぐらいの気温になりましたね。観光地京都は、暑い夏もにぎやかでしたか?

コメントありがとうございます。お父様も無事に帰還されてよかったですね。そしてナカムラのおばちゃんさんが誕生されたのですからね。命がつながっているのですね。
戦後70年で故人である実母や義父、伯父おばあちゃんなど思いだすことができました。

気温の変化が大きい時期ですのでお父様お大事にしてくださいね。

heartひろみママさま

コメントありがとうございます。海外に住む親友さんとのお話になるほどと思いました。環境や価値感が違ってもお互いを尊敬されていることでしょう!

日本に住みこちら側からみた尺度かもしれませんが。。。
それぞれが違っていいのですね。話し合いでも平行線でもいいのですから自分の意見が言える環境であってほしいと思います。

追伸
ご連絡ありがとうございました。では、またお会いできる日を楽しみにしております。

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